
このブログでは、妊娠準備の記録を書いていきます。
[これまでのあらすじ]
PGT-SRと体外受精
私たち夫婦は何度か妊娠を試みましたが、2度稽留流産をしました。妻の生理周期は規則的だったので、原因は私の方にあるのではないかと思い、病院で検査を受けました。
結果は予想どおり私の側の問題でした。染色体の逆位があり、医師からは「自然妊娠では子供は産めない」と言われました。その後、PGT-SR(着床前胚染色体構造異常検査)を使った体外受精に進み、2025年6月に移植しました。
2026年1月30日
回復が早いこと、そしてこれからも子どもをたくさん望んでいたことから、帝王切開ではなく自然分娩を選びました。そうして妊娠8ヶ月を迎えました。
明け方まで妻と一緒に仕事をしていました。仕事を終えて妻のお腹を軽く押しました。いつもなら返ってくる子どもの反応がありませんでした。何かがおかしいとは感じました。手に伝わる感触から、とっさに「死んだのか?」という考えが頭を過りました。それでも妻を安心させようと「大丈夫だよ、病院に行ってみよう」と言って、病院へ向かいました。これまで私の悪い予感は、たいてい外れてきました。その日の予感だけは当たりました。医師が妻のお腹に超音波を当てました。心音は聞こえませんでした。
明け方、緊急で帝王切開をしました。医師の説明では、釣り糸のように強く長い羊膜が子どもの首に2〜3回巻きつき、息ができなかったそうです。葬式は病院側に任せましたが、その前に一時間ほど、こともの顔を見ることができました。娘だったのですが、娘はパパ似が多いと言われるけれど、そっくり過ぎてびっくりしたことを覚えています。子供の体が冷めるまで抱いたり、顔を見つめたりしてからさよならを告げました。
その後の2ヶ月
それから2ヶ月ほど、私たちは自分たちを責め続けました。どうすればよかったのか、という考えから抜け出せませんでした。仕事もせず、食事もほとんど取りませんでした。
2ヶ月目の最後の日、このままでは先が見えないと二人で話しました。落ち込むのは今日までにして、明日からは働く。しっかり稼いで、次の子はもっと良い病院で産む。そう決めました。
実際に仕事を再開し、以前から関心のあった不動産の勉強にも通いました。(不動産の話は、機会があればいつか投稿します。)
12月、再挑戦
働いているうちに、二人とも少しずつ元気が戻ってきました。ありがたいことに、妻がこどもが欲しいと言ってくれたので、体外受精のクリニックをもう一度訪ね、12月に妊娠に再挑戦することになりました。今回はうまくいくことを願いながら、ブログを始めようと思います。
父親になる準備をしながら、分からないことばかりでした。特に、染色体の逆位が理由でPGT-SRを使って体外受精をするケースは、探しても情報がほとんど見つかりませんでした。 私の経験と調べた情報が見てくれた方々の役に立てば嬉しいです。
私は日本人ではありません。日本語の勉強も兼ねて、このブログは日本語で書くことにしました。もちろん、AIも多少使ってはおりますが、勉強のために大抵自分の言葉に直しています。不自然な表現があれば、是非ビシバシ言ってください。
まだ読む人は多くないと思いますが、これからよろしくお願いします。m(_ _)m